2008年のノーベル物理学賞と宇宙・天文学

今年のノーベル物理学賞は、「素粒子物理学における対称性の自発的な破れの発見」で南部 陽一郎氏が、「自然界にクォークが3世代以上あることを予言する、対称性の破れの起源の発見」で小林 誠氏及び益川 敏英氏が受賞されました。これらの発見は天文学にとっても本質的に重要ですので、特に宇宙との関連を解説します。

宇宙の秩序と構造

対称性が自発的に破れる現象は、磁石とよく似ています。磁石に限らず、身の回りの物質には電子が含まれています。電子にはスピン磁気モーメントという量が備わっており、非常に小さな磁石としての性質を示します。身近に見かける磁石では、この非常に小さな磁石が協同して同じ方向を向いて並んでいます。磁石を加熱していくと、ある温度以上では、並んでいた非常に小さな磁石たちが協同の力を振り切って、ばらばらに運動するようになります。そうなると磁石の性質は消えてしまいます。この非常に小さな磁石がばらばらな方向を向いた秩序のない状態では、どの方向も対等だという意味で「対称性がある」状態です。

一方逆に、熱かった温度を下げると、非常に小さな磁石たちはまたあるそろった方向を向いて並ぶように協同して、磁石の性質を各部分部分では回復します。これが「対称性が自発的に破れた」秩序ある状態です。各部分部分ではありますが、並ぶ方向が1つ選ばれたということは、もはやあらゆる方向が対等というわけではないので「対称性が破れた」状態です。「自発的な」とは、並んだ方がばらばらの状態よりエネルギーが低いので、「エネルギーが低い状態が自然に選ばれた」という意味です。このように無秩序な状態から秩序ができていく現象は、物理学では古くから「相転移」と呼ばれていました。

南部氏は、それまで絶対的に信じられていた真空の対称性さえもが、自発的に破れることを、世界で初めて示しました。それだけに留まらず、南部氏の提唱した「自発的な対称性の破れ」は、ビッグバンから宇宙が始まって以来、様々な構造と多様性が作られていく宇宙の相転移の様子をすべて記述するのです。

宇宙の初期には、何度も相転移が起きたと考えられています。佐藤勝彦氏らが提唱したインフレーション理論も、宇宙の急激な膨張を引き起こすと同時に、それまで一様でのっぺらだった空間に銀河の種となる揺らぎを作って、一様な空間の対称性が自発的に破れるのです。それ以降も、宇宙では相転移が起きるたびに対称性が自発的に破れ、物質の秩序や天体の構造が創生されていったのです。現在の地球上でも実験室でも、対称性が自発的に破れる形で様々な秩序と構造が生成されています。南部氏の発見は、このように宇宙の構造と多様性が作られていく過程を記述する、普遍的なからくりなのです。

宇宙の物質の起源

素粒子の世界では、電荷だけがちょうど逆の関係にある粒子と反粒子が同等に存在することができます。しかし、我々の現在の宇宙には反粒子が非常に少なく、ほとんどが粒子だけからできています。どうして反粒子でなく粒子だけがある宇宙が実現したのでしょうか? この問題を詳しく調べたアンドレイ・サハロフ氏は3つの必要な条件を示しましたが、そのうちもっとも重要な1つが、粒子・反粒子のあいだの対称性の破れでした。

小林氏と益川氏は、粒子・反粒子の入れ替え変換に対する対称性が破れる理論は何かを調べ、その1つの可能性として、クォークと呼ばれる素粒子が6種類ある理論を提唱しました。両氏は他の可能性も一緒に提唱しましたが、クォークが実際に6種類存在することは、近年実験で確かめられました。

小林氏と益川氏の理論を基礎にして、他の2条件も考え合わせ、宇宙の中で物質がどれだけ生成してくるかを吉村太彦氏らが計算しました。これらの物質が多様な形の銀河を作り、多種の原子を生成する大きな星を作り、そして地球とすべての生命を作っていったのです。もし仮に、反粒子が粒子と同じ数あったとしたら、それらは出会って消滅して光になるだけなので、宇宙には物質が何もなかったでしょう。空虚な空間が広がるだけで、光り輝く星も、それにロマンを感じて観測し続ける人間も誕生しなかったことになります。

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