ユニバーサル天体望遠鏡

新井 寿 ( 群馬県立ぐんま天文台 観測普及研究係 指導主事 )
高橋 英則 ( 東京大学大学院理学系研究科・天文学教育研究センター 特任研究員 ) ( 元 ぐんま天文台観測普及研究係 研究員)

通常の天体望遠鏡とユニバーサル天体望遠鏡

【図1】 通常の天体望遠鏡(左)とユニバーサル天体望遠鏡(右)

1. はじめに ......【図1】参照

2010年秋、群馬県内のある医療機関で天体観察会を実施した際、人工呼吸器を外せず、ストレッチャーからも起き上がることができない患者さんがいました。筆者の自家用車に載せていた小型の望遠鏡を使い、手動の呼吸器の助けを借りながら、苦しい姿勢の状態でどうにか月面のクレーターを観察できました。その時、患者さんの目が涙で潤んだのが忘れられず、「楽な姿勢のまま天体観察を楽しんでもらえるようにしたい」との思いから、本機材の開発を決意しました。

身体障がい者に対応した光学装置は、公共施設の大型望遠鏡(ぐんま天文台の65cm望遠鏡など)には備え付けられている場合もありますが、それらは各施設の望遠鏡ごとの専用品のため、他の望遠鏡には取り付けることができません。一方、移動・組み立て式の小型望遠鏡に使用できるようなものは市販されていません。つまり現状では、専用品を備えた公共施設に行かない限り、身体障がい者が望遠鏡をのぞいて天体の姿を楽しむことは極めて難しいのです。

そこでぐんま天文台では、市販の天体望遠鏡に特殊な光学機材を取り付け、観察者の目の位置に接眼部を合わせられるようにした望遠鏡を研究・開発しました。車いすを利用している場合や、ベッドに横たわったままでも、無理のない姿勢で天体観察を楽しむことができる望遠鏡。それがユニバーサル天体望遠鏡です。

2. 概要と基本的な考え ......【図2〜4】参照

通常の望遠鏡での観察

【図2】 通常の望遠鏡での観察の様子。姿勢がかなり苦しい。

ユニバーサル望遠鏡での観察

【図3】 車椅子に座った状態で観察している様子。無理のない姿勢でのぞき口を自分の目の位置にもってくることができる。

ベッドに横たわったまま観察

【図4】 ベッドに横たわったままで観察している様子。のぞき口を自分の目の位置にもってくることができる。望遠鏡の脚部(ピラー)を短くして望遠鏡全体を低くし、室内からの窓越しの観察の可能性を更に高めた。

本機材の開発・製作にあたっての基本的な考えは以下の3点です。

  • (1) ベッドに横たわった人や車椅子を利用している人が、楽な姿勢のままで望遠鏡に接近し、安全に観察できること。
  • (2) 光学系による天体の像の劣化をなるべく抑え、月面のクレーターはもちろん、土星の輪や木星の縞模様などが確認できること。
  • (3) 市販の部品を多用した構造であること。また取り付ける望遠鏡本体に改造を施す必要がなく、他の鏡筒にも取り付けが可能であること。

特に(3)は、本機材の有用性が世間で認められた際、製作に特殊な部品を必要としないことで普及を容易にし、他施設での2号機、3号機の製作にもつながるようにと考えたものです。

なお本機材は、今回試用した望遠鏡(市販品)とほぼ同等のスペックのものであれば、学校や科学館などが所有する市販の小型望遠鏡にも取り付けが可能となっています。

3. 構造・設計 ...... 【図5】【図6】参照

ユニバーサル望遠鏡の光路図

【図5】 構造の概観と光路図

試作機

【図6】 試作機

構造の概観を図5に示します。

のぞき口の位置や向きを自在に調節できるようにするためには、互いに直交する2箇所の反射系と回転系が必要になります。延長筒の中には、リレーレンズとして市販の小型望遠鏡の対物レンズ2個を互いに向い合わせにして配置してあります。光路図のとおりこの2つのレンズ間では平行光線となるため、レンズ間の距離は任意でよいですが、回転装置にかかるモーメントの低減や軽量化のために、可能な限りの最短距離としています。

実際の設計にあたっては、方眼紙を貼り合わせたものに、各光学系のデータをもとにした実物大の光路図を作成し、更に各パーツの寸法を実測して書き(描き)込む方法を取りました。

なお、実証機(1号機)の製作に先立ち、図6のような試作機を事前に製作して実験を繰り返しました。リレーレンズには口径5cmファインダー用の対物レンズ2個を用い、反射系は1.25インチ天頂ミラー2個、鏡筒はポスター梱包用のボール紙製の筒で代用し、ピントの位置や動作などの確認を行いました。

4. 完成した光学部 ...... 【図7】参照

1号機の光学部

【図7】 完成した1号機の光学部

専用のレンズ系の設計や研磨などの技術は無いので、市販のレンズをリレーレンズ系に流用しました。小型屈折鏡筒用の対物レンズを2個向かい合わせにして組み込む構造ではレンズの収差をより拡大してしまうため、元々の収差がなるべく少ない光学系を用いる必要があります。そこで、オアシススタジオ製 BORG 45EDII(口径45mm,焦点距離325mm,F7.2)の対物レンズを採用することにしました。

延長筒の回転によって天体が視野から逃れてしまうのを極力抑えるため、望遠鏡のドロチューブと延長筒との接続部にはカメラ回転装置(高橋製作所製)を組み込みました。接眼レンズの取り付け部分にも本来は回転装置を設けたいところですが、重量の増加を抑える必要から、アイピースアダプター(高橋製作所製)の操作で代替することにしました。同社製のアイピースアダプターはリング締付け固定式のため、小ビス固定式のものに比較して光軸が狂いにくい利点があります。鏡筒には、高橋製作所製7倍5cmファインダー用の鏡筒を継ぎ足して流用しました。

総金属製のため光学部の全重量は1.9kgになりました。回転装置のクランプを緩めたときのバランスを保持するために、カウンターウェイトも取り付けました。ウェイト軸を長くすると延長筒部分の動作範囲に制限が生じるため、ウェイトの重量は2.4kgとやや重めです。FC-100鏡筒以外の他社製望遠鏡でも、2インチサイズの接眼部を有するものであれば装着することができます(この場合カメラ回転装置を取り外す)。

5. 観察会での実証 ...... 【図8】参照

病院での観察の様子1 病院での観察の様子2

【図8】 病院での実際の観察の様子

図8は、2011年11月に、前述の医療機関で再度実施した天体観察会の様子です。入院者の病状に考慮し、屋内からの窓越しの観察に限られたので、窓枠や庇による遮蔽を少なくする目的で架台部分を低く設置するための低ピラーを製作して臨みました(図1右を参照)。また鏡筒のドロチューブ付近にある本来のファインダーでは天体導入が困難なため、鏡筒の対物レンズ付近に別付けしてあります(同)。

この写真中で望遠鏡を操作している人物はぐんま天文台の職員ですが、本機材の操作はこの時が初めてでした。操作に若干の慣れは必要ですが、構造を理解し、通常の望遠鏡の操作ができれば、ほとんど問題なく対応できるとの感想を得ています。

6. 今後の課題

リーフレット

【図9】 関係機関に配布した案内用リーフレット

現段階での課題は以下の3点です。

  • (1) コストダウン
  • (2) 軽量化
  • (3) 活用・普及・広報

まず(1)ですが、今回製作した1号機では、8万8千円弱(消費税抜き)の費用がかかりました。収差の少ないEDレンズや精度の高い大型サイズの天頂ミラー、カメラ回転装置等を使用しているため、このスペックでは製作費がかさむことを避けられません。

また、精度の追求から総金属製としているため、本体重量が重くなりました。そしてこれに伴いカウンターウェイトも必要となりました。これらは製作前から想定していたことでしたが、より小型の鏡筒や架台にも対応できるようにするには解決したい課題です。これら2点については次項で更に触れます。

(3)については、本機材の広報用リーフレット(図9)を作成し、群馬県教育委員会の関係各課およびその下部組織を通じて、群馬県内の特別支援学校(院内学級を含む)へ配布しました。現在、更に特別養護老人ホーム等の施設への広報も検討しています。

7. 参考

組立天体望遠鏡

【図10】 「10分で完成!組立天体望遠鏡」(星の手帖社)

2号機を取り付けた様子

【図11】 2号機を取り付けた様子

2号機の全体像

【図12】 2号機の全体像

前項で述べた課題の解決を図るため、「見え味は多少犠牲にしても…」との考えから製作してみたのが、“廉価版2号機”です。

図10は、2009年の世界天文年に合わせて「星の手帖社」から発売され、その後もロングセラーとなっている「組立天体望遠鏡」です。筆者はこの望遠鏡を教材製作用によく流用していますが、価格の割には非常によく見える望遠鏡です。この望遠鏡の鏡筒を2本組み合わせて製作しました。図11は市販の望遠鏡(ビクセン製)に取り付けた様子です。望遠鏡への取り付けには、1号機の回転装置の代用として、鏡筒に付属のフリップミラーをそのまま利用しています。

基本的な原理は1号機と同じです。この望遠鏡のキットを2つ用意し、接眼レンズ以外の部分を組み立てます。1本はそのまま、もう1本はやや短めに切断します。切断する長さは、使用する望遠鏡に合わせて光路図を描き、割り出せばよいでしょう。

次に両者の対物レンズを向かい合わせにして連結します。筆者はアルミニウム製のパイプを利用しました(図12)。鏡筒がもともとプラスチック製のため、程よい弾力があり、ややきつめのパイプに押し込んでやるだけで固定できます。あとは、一端に1.25インチサイズのオス型スリーブ、他端にアイピースが入るアダプタを製作し、取り付ければ完成です。筆者はこれらの部品を旋盤加工により製作しましたが、この程度の工作であれば工業高校の生徒でも十分可能でしょう。

組立望遠鏡1つの税込価格が1,580円、出来上がった本体の重量は490gです。重量が軽く仕上がったため、鏡筒にしっかり固定できればカウンターウェイトも不要です。

気になる見え味ですが、心配するほどひどいものではありません。ある小学校での観察会開始前に、実際には2号機を使っていることを伏せて、先生方に木星の観察をしていただきました。木星本体の縞模様やガリレオ衛星の姿にたいへん喜んでいただけました。観察後、「ユニバーサル天体望遠鏡を取り付けてある」との旨を明かしたところ、違和感は感じられなかったとのこと。「望遠鏡ってこういうものだと思っていました」との感想が出ました。初めて望遠鏡をのぞく人にとっては、“普通の望遠鏡”と捉えられたのでしょう。安価なアクロマートレンズを使っているので実際には色収差なども認められますが、観望程度であればまあまあ満足できる見え味です。

この廉価版2号機は、前述の「課題」をクリアできる手がかりの一つとなるかもしれません。実際、各地で紹介をする際、参加者の関心を集めるのは1号機よりも2号機です(製作の苦労を考えると悔しいのですが…。)。使用する素材や構造を更に工夫することで、なお一層の軽量化や操作性の向上も可能と思われます。