ぐんま天文台を出発した「新・銀河鉄道の夜」はどんな物語に会えるかな

イーハトーブ元館長 齋藤 文一

この表題は、今度ぐんま天文台が新しく企画・作成したデジタル天文台のタイトルメッセージです。これは、宮沢賢治の作品「銀河鉄道の夜」に関連がありますので、少し説明をしたいと思います。

「銀河鉄道の夜」は、今から75年も前の作品ですが、優れた国民文学として今日でもあらゆる世代の人から親しまれています。その理由の一つとして、賢治のイメージ豊かな造語感覚があげられるでしょう。たとえば、「銀河鉄道」「プリオシン海岸」「アルビレオ観測所」「プレシオス(プレアデス)の鎖」等々、何というすばらしいネーミングでしょうか。この物語全体は空想物語ですが、これらの用語には、今考えても科学的に深い意味がこめられていることがわかります。

賢治は詩人や作家として有名ですが、その一方で、新進気鋭の科学技術者として農業技術の実験、指導にあたりました。彼の関心は宇宙から個々の生命体にわたる広汎なものでしたが、とくに物理化学(Physical Chemistry、今日の言葉では「物性論」)に注目して、その知識を現場で実地に活用したことはきわめて重要です。

物理化学という学問は当時大きな変革のさなかにありましたが、またこれは量子力学の母体でもありました。彼はこの視点をもってさまざまな天文現象を理解しようとしました。それがあのイメージ豊かな造語に現れているのです。

賢治の「銀河鉄道の夜」には偶然とはいえない興味深いことがあります。

1. この鉄道の区間が「はくちょう座」から「みなみじゅうじ座」へとなっていること。
ここは銀河中心を含みます。つまり、作品は期せずして銀河中心部へ向けての探査旅行として、彼が深い思いをもって選んだ空間なのです。
2. 銀河系の中では、特に散光星雲と暗黒星雲が交錯するところに注目したこと。
ここで、賢治の物理化学の知識が総動員されました。そこではさまざまな物質が高いエネルギーをもって、衝突し、反応し、燃焼し、発光し、生成され、消滅しています。これを賢治は想像力の限りを尽くして描写します。特に彼が暗黒星雲の意味を問うたことは興味深いことです。
3. 銀河系の生成史を問うたこと。
「銀河鉄道の夜」の中でおもしろいことの一つに、「地層を掘る」という場面が出てきます。賢治は化石が好きで、地質学の知識に優れていましたが、銀河系のまっただ中で「地層」を掘ろうとしました。銀河系とは、単に多数の星の偶然の集合ではなく、それ自身が一個の歴史的な形成物であり、今なお激しく反応しつつあるのです。彼はそういうはっきりした意識を持っていたのです。

以上、「銀河鉄道の夜」からいくつか興味深い箇所を引きましたが、どこか今日の銀河系天文学を予感させるところがあります。さて、ぐんま天文台を出発した「新・銀河鉄道の夜」は、私たちにどんな新しい物語をもたらすのか大いに関心が持たれます。

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